新春を迎えて
   
 

 昨年はいろいろな事件が起こったが、教育界でいえば、幼い子どもたちの貴い命が大人の手で奪われるという大変に痛ましい事件が相次いだ。殺された子ども達やご両親、近親者の無念・悲しみは察するに余りあるが、大事な友人を失った周囲の子ども達の心理的ショックもまた大きかったことは想像に難くないし、かれら子ども達がPTSDに悩まされたとしてもすこしも不思議ではない。

 このような場合、学校でまず求められるのがスクールカウンセラー(臨床心理士)の活動と並んで教師のカウンセリングカである。教師にとって大切なのはまず、PTSDとはどのようなものであるか正しく理解できること、また、この問題について、適切に対応して子ども達をPTSDから脱出して元の軌道に復元し、元気を取り戻させることができること、この2つに尽きる。医療でいえば診断と治療がこれに当る。会員の皆さんが現在「e教師」で学習されている内容こそまさにそれにあたる。なお、05年12月15日の日経新聞は性犯罪者の再犯防止について、法務省が認知行動療法を採用したと報じているが、e教師の研修内容も正にこれと同一線上にあることをここに指摘しておきたい。

 冷酷無残な児童誘拐殺人事件は今後決して起きてはならない問題だが、これ以外にも不登校、引きこもり、ADHD、LDなど教師が日常、実際に抱えている問題は少なくない。会員の皆さんが「e教師」を十分に学習されることによって、この重要な任務を自信をもって立派に遂行されることを願うばかりである。

 さて、最近我が国のカウンセリング界の動向に話題を転じてみよう。ここに1つの大変興味ある調査結果がある。それは会員数約5,500名、我が国最大のカウンセリング関係学術団体である日本カウンセリング学会が全会員に対して行った意識調査報告書(カウンセリング研究・第36巻・第4号・2003)である。同学会の会員の方々なら既にご承知のことと思うが、この報告書によると、同学会員が現在基盤としているカウンセリングの理論・技法・アプローチ(以下、Aと略称)は次の順になる。

 
 
現在基盤にしている理論・技法・アプローチ
@
折衷的A
54.2%
A
行動療法的・認知療法的A
40.6%
B
人間性心理学的A
39.6%
C
精神分析的・分析心理学的A
24.2%
D
解決志向・短期療法的A
21.4%
E
システム的・家族療法的A
15.9%
F
キャリアカウンセリングA
7.6%
G
コミュニティA
4.8%
H
その他
4.6%
(複数回答のため%の総計は100とはならない)
   これを見ると各理論・技法の折衷的Aは別として、行動療法的・認知療法的A、人間性心理学的Aの2つが大きな比重を占めていることがわかる。  
   これに対して同じ調査で、今後学びたいカウンセリングの理論・技法については、 以下の順となる 。  
今後学びたい理論・技法・アプローチ
D
解決志向・短期療法的A
41.7%
E
システム的・家族療法的A
35.9%
A
行動療法的・認知療法的A
25.8%
C
精神分析的・分析心理学的A
21.4%
G
コミュニティA
18.9%
F
キャリアカウンセリングA
16.6%
B
人間性心理学的A
14.1%
@
折衷的A
9.7%
H
その他
3.0%
(複数回答のため%の総計は100とはならない)
 
   同学会会員が今後学びたいカウンセリングとしては解決志向・短期療法的、システム的・家族療法的、行動療法的・認知療法的な理論・技法を求めていることが明らかになった。この数字はe教師が目指している研修の方向(*)とほぼ一致しているわけで、会員の皆さんの重なるご努力、ご精進をご期待したい。
(*編集部注:行動療法的・認知療法的アプローチ。尚、下のグラフは、上記2つを編集部で合計したものです。)
 
  最後に、このような方向での指導についての典型的な1例として以下に江戸川大学松田英子助教授のケース研究をご紹介する。会員の皆さんのご参考になれば幸いである。
 
クライエント:T.K.14歳、中二女子
主訴:不登校(対人恐怖、不眠、悪夢)
X年5月友人関係のトラブルから神経性胃炎を発症、6月にいじめ(無視)に会い、それ以降学校に行けなくなった。同じ学校の女子の制服をみると強く不安を感じる対人恐怖の症状があり、また、頻繁な悪夢と不眠に悩まされている。心配した父親がクライエント〔以下Cl〕にカウンセリングをすすめX年9月、来談に至った。
会社員の父親、公務員の母親に、大学生の兄、小学生の弟がいる。Clにはこれまでに不登校の経験、来談経験はない。父親に対しては「言うことに従わなければならない」と恐怖感を感じている。家族に心配をかけると思うと自分の不安を話せなくなる。
  @インテーク面接:(第1回、X年9月)
    ある時、グループのメンバーの1人(以下A子)から無視され、相手がなぜ怒っているのか、自分の何がいけなかったのかわからなくなり、神経性胃炎で学校を1週間休んだ。復帰後、グループの内のみんなからも、教室の移動などでおいていかれる、昼食時にもいないものとして扱われるようになってから、怖くて学校に行けなくなった。その後同じ制服の女生徒をみると恐怖感を感じ、人の視線が気になるようになった。対人不安の軽減のために、覚醒時の思考と悪夢内容の双方に認知療法を実施し、悪夢や不眠をもたらす心身の緊張に対しては、入眠前にブリーフ・リラクセーション法を併用することにした。
   
  心理検査
    MPI(Maudsley Personality Inventory:モーズレイ・性格検査)
E(外向性・内向性)尺度:39点(やや外向的)、N(神経神経症的傾向)尺度:35点(神経症傾向)
    STAI(State-Trait Anxiety Inventory状態・特性不安尺度)
特性不安:55点、状態不安:56点(いずれも非常に高い不安)(インテーク時)
  心理診断
    SDID(Structured Cinical Interview for DSM-IV-1;DSM-1軸のための構造化臨床面接法) 
社会恐怖[DSM-IV,300.23]
   
  A治療導入期:(第2回、X年10月)
    まず、思考記録表を導入し、対人恐怖を感じる状況のリストアップ、気分の特定と、その程度を点数化した。同時にブリーフ・リラクセーションでは、Clの好きな歌手の出身地の海のイメージを利用して、呼吸法を中心に導入した。
   
  B治療促進期:(第3、4回、X年10月、11月)
    Clには来談当初、「自分は人から軽く見られている」、「自分は何も出来ない人間だ」、「自分にはこの状況をどうすることもできない」などの否定的認知がみられたものの、思考記録表をもとに、現実生活と悪夢における適応的認知を検証することによって、自己効力感を高めていった。そして、対人不安は高いものの、比較的外交的という性格を活かし、趣味の仲間から新しく友人を得ることができた。その後クラスメートにメールで近況の報告をし合ったことで、ますますこの状況に対する制御可能性感(controllability)を増していった。3回目の面接時には、制服を着て来談するなど、登校行動への意識化がみられ、徐々にA子に対する怒りを表現するに至った。
   
  C治療終結期:(第5回、X年12月)
    治療目標は完全に達成できなかったものの、自宅より比較的遠い距離の乗り物に乗車が可能になった。リラクセーションを導入してから、不眠の訴えは激減し、’爆睡’と評する日が増加した。STAI特性不安は46点、状態不安42点に減少し、悪夢の主訴も消失した。契約期間の終了に伴い教育相談機関へのリファーとなった。
子どもの悪夢症状の場合には、生活上のストレスフル・ライフイベントが直接的に反映した夢が多いため、覚醒時の症状(対人不安に関する思考)と悪夢内容の双方に認知療法を適用しやすいと考えられる。また同時に対人不安による過緊張を緩和するためのブリーフ・リラクセーションも奏功したと思われる。夢は認知情報が豊富に含まれており、認知療法の素材としての利用可能性を今後更に検討していきたい。